方略的能力とコミュニケーション方略の理論的誤謬:
方略的能力のモデル化を目指して

岩井 千秋(広島市立大学)

小西 廣司(松山大学)

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1 はじめに
 Selinker (1972) が応用言語学の論壇に「方略 (strategies) 」という用語を登場させてから、ちょうど今年は30年の節目に当たる。以来、「方略」は、かの有名な Canale & Swain (1980) による伝達能力の図式化により、その構成要素の一角を担う「方略的能力(strategic competence)」として位置づけられ、Bachman (1990) に至っては伝達能力の中枢を担う能力としてさらに評価を高めた。

 こうした言語使用に果たす方略的能力(以下StC)の役割をもっとも体系的に解明してきたのは、コミュニケーション方略(Communication Strategies、以下CS)の研究である。CS研究は、70年代後半に本格的に着手され (e.g., Tarone 1977)、80年代の理論研究(e.g., Faerch & Kasper 1983, Poulisse 1990)、90年代の応用研究(e.g., Dornyei 1995)へと受け継がれてきた。しかし、Yule & Tarone (1997) が詳述しているように、CS研究者の理論・応用への考え方は今もって一致していない。応用研究では、第二言語教育への指導効果が、部分的ながら実証的に示されているにも関わらず、具体的指導法を構築するに至っていないのは大変残念なことである。

 このCS理論不一致の原因は、「StC」と「CS」という用語を曖昧に使ってきたことにあると考えられる(Iwai 1998、岩井 2000)。そこで、本稿ではこの2つの研究理論の問題点を指摘し、StCがCSを内包するという観点から、StCを単純化した理論モデル(以下「StC単純モデル」)を提案することとする。

2 CSの定義と分類に見られる問題点
 80年代のCS理論研究は、発話の産出結果に焦点を当てたプロダクト研究と発話の心理過程を重視したプロセス研究に二分される。プロダクト研究のCS定義はTarone et al. (1983) の次の定義に代表されている: "a systematic attempt by the learner ... in situations where the appropriate systematic target language rules have not been formed" (p. 5) . その後、Tarone (1983) や Faerch & Kasper (1983) がインターラクションと心理言語学的観点からこの定義をそれぞれ見直しているが、定義に基づいたCS分類は、avoidance, paraphrase, approximation, circumlocution, word coinage (以上、Tarone 1977) やcode switching, restructuring, interlingual transfer, cooperative strategies, retrieval strategies(以上、Faerch & Kasper 1983)など多種多様の項目をリストに加える結果となったのである。

 このアドホック的な分類に一石を投じたのがCSのプロセス者研究たちである。プロセス研究では話者による問題回避(avoidance)を観察対象とせず、目的達成を試みる方略のみを対象とし、それを compensatory strategies(CpS)と呼んできた。CpS の定義は Poulisse (1990) によって次のように述べられている: Compensatory strategies are strategies which a language user employs in order to achieve his intended meaning on becoming aware of problems arising during the planning phase of an utterance due to his own linguistic shortcomings" (p. 192). つまり、話者が発話準備段階で言語知識の不足を補償しようとするメカニズムがCSであるという考えである。そして、これを具体化したのがholistic 対 analytic の二分法に基づいた分類である。この2項目以外にもう2つの分類項目が加えられているが、これらは補助的であり、実質は holistic と analytic を基本とする二分法と解釈してよいだろう。

 こうして2つのCS理論を並べて吟味すると、それぞれに長所、短所があることに気づかされる。プロダクト理論の長所は第二言語教育を実践するのに好都合な用語が多数使われていること、プロセス理論の長所は分類が簡素で使用方略の判断がより容易に行えるため、実証研究に適していることである。反対に、前者の短所は言語知識に関する要因と言語知識の操作だけでは説明できない多くの方略的要因(例えば回避や話者間の駆け引き)が錯綜していること、後者の短所は発話に伴うプロセスが単純化されすぎていて、holistic と analytic の概念処理が話者の言語知識とどのように連動するのか説明できない点である。さらに、後者は発話準備段階における概念処理だけを問題にしており、問題発生から解決に至るプロセス、またその過程で新たに生じた問題を話者がどのように動的 (dynamic) に解決しているのかこの理論では説明できない(Iwai 2000)。

 

3 本論
 CS理論衝突の原因は、単なる言語観の違いとしてと片づけるわけにはいかない。なぜならば、こうした議論はCSの理論研究のみならず、90年代に始まるCS応用研究でも繰り返されてきたからである。すなわち、プロダクト理論が教育実践を後押しし、プロセス理論はそれを否定するという図式である (Yule & Tarone 1997)。

 このように、相反するCS理論ではあるが、筆者たちはこれらを補い合うことでより説明力のある精緻なStCモデルを段階的に構築できるのではないかと考えた。そのためにまず必要なことは、2つの理論が説明しようとする言語使用の観察対象を統一することである。そこで、筆者たちは次のようにCSを再定義することとした。

「コミュニケーション方略とは、言語話者(学習者)が、言語知識の不足を補うため、意図する内容を母語または目標言語に依存して概念処理を行い発話できるようにする、言語要因にのみ作用する方略的能力である。」

 つまり、CSとはStCの一部分であり、言語知識や概念操作以外の理由で使われる方略と区別するという考えである。このようにCSを定義したのは、1)関与する要因を限定したCSと多要因の介在が想定されるStCとの関係を明らかにできること、2)CSの観察対象を限定することで2つのCS理論の利点を活かせること、そして3)1、2の結果、学習者が言語を使用するのに必要なStCの養成を、言語能力の養成と合わせ、言語教育でいかに実践すればよいか明確にできる利点があるからである。

 このようにCSを定義すると、話者が用いるStCを3次元空間の立体図形(三角錐)として視覚的に表すことができる。以下の図1は、発話概念処理が日本語(J)と英語(E)の両方に依存して行われた場合を示している。(図2と3については、後述。)

 ただし、図1の解釈には次の点に注意を要する。まず、上のCS定義に述べられているように、この図で表されているStCは、言語に関与する方略のみであり、談話要因、話者心理、背景知識などが関係する方略は一切含んでいないことである。したがって、この場合に限りStC=CSの関係が成立する。

 次に、言語知識に関する座標軸(変数)はG(文法)とL(語彙)のみで表している。実際には、発音知識も言語使用には重要な要因であるが、モデルの複雑化を避けるため、本稿では発音に伴う方略使用は敢えて扱わないこととした。このG、Lで表された変数値 (g, l) は、話者が文法、語彙の知識を補うのに要する言語負荷量であり、それらの知識量を表しているわけではない。つまり、同じ概念を言語化する場合、文法や語彙の内在化の度合いが高くなれば、それだけ方略に依存しなくてもよいということを表しているわけである。

 さらに、母語(J)と目標言語(本稿の場合はE=英語)による概念処理をJE軸で表しているが、原点から伸びるJE軸はいずれもプラス方向だけに伸びることを意味している。この軸で表される変数量 (j, e) は、話者が母語または目標言語に依存して概念処理行った度合いである。こうした概念処理は、学習者が内在化している文法力や語彙力と無関係に行われるのではなく、それらと連動して行われると考えられる。

 最後に、単純モデルでは、JE、G、Lの3つの変数によって使われるStC量を視覚的に描写している。図2と図3は、日本語のみに依存して発話概念が同じように行われたと想定し、英語による熟達度の違いによって使われるStC量がどのように異なるかを表している。このように図示することにより、学習者の使用するStCの度合いを原点とj-g-lを結ぶ三角錐の体積、または三角形jgl の面積によって表すことができるだろう。さらに、このStC単純モデルにJE、G、L以外の変数を加えることで、高次元の要因からなるStCの度合いを測定することもできるだろう。

 このモデルをもっと分かりやすくするため、過去の実証研究で収集した発話データをこのモデルに当てはめてみることにしよう。はじめに採りあげるのは、日本人英語学習者2名が語彙的知識の不足(「足ひれ (flipper)」)を補っている発話である (Iwai 1997 から)。

話者1: the man who is swimming nnn has the -- something, tool to swim faster with his leg
話者2: Swimmer ... put something ..... like .... fish, ta, tale?

 1の発話者は、「足ひれ」を「泳いでいる人が早く泳げるように自分の足につけている道具」と概念処理を行っている。この概念処理と平行し、英語でそれを表現するための文法、語彙を自分の言語知識の中から探しながら発話に至ったと考えることができるだろう。この話者は2の学習者と比べ、発話に使われている語彙が豊富で、かつ文法的にもより複雑な構造(関係代名詞、不定詞、比較級など)を使っている。こうした言語能力がかなり自動化されているとすれば、話者1は話者2よりもこの発話を完了するのに必要な語彙・文法負荷は少なく、発話に要するStC(=CS)負荷量はあまり高くないはずであり、図2のように示される。

 一方、話者2の発話には swimmer、something、like の後にポーズが入っている。この間に概念処理と内在化された言語知識の照合を行い、話者1よりも言語負荷の高い状態で英語による表現を試みていると考えられる。発話の真意は事後面接で確かめられていないが、概念処理の結果に見合う語彙、文法知識が十分に内在化されていないため、処理された概念をかなり削除し「さかなの尻尾 (fish tale)」に簡略したと想定される。この話者の場合、G、Lにかかる負荷はいずれも話者1よりも高く、三角錐または三角形で表されるStC(=CS)の量は話者1のそれよりも大きいはずであり、その状態は図3のように表される。

 以上、語彙不足を補う方略を中心に述べてきた。しかし、StC単純モデルは語彙問題だけを対象としているわけではない。この点を明らかにするため、語用論的問題と考えられる例をひとつ挙げてみよう。この例は、日本人学習者を対象に談話補完テスト(Discourse Completion Test)により収集したデータの一部である (Iwai 投稿中)。DCT の設問は、コンサートの券を買ってほしいという依頼を断る依頼拒否 (request refusal) である。回答者は複数回答が許可されており、ある回答者は次のように答えている:

1) Sorry, but I can't go to the concert that day.
2) Sorry, but I'm not interested in the concert.
3) I want thinking time.

 これらの表現は、どのように断れば相手の面子を潰さないで済むかという語用論的配慮と同時に、断るための概念を操作し、自分の英語力、文法力に照らして、その概念が言語化できるかどうかを判断し表現した結果だと思われる。

 このように、語用論では、コンテキストにおける発話の丁寧さ(politeness)や対話者に与える面子 (face) などが論点となってきた (e.g., Brown & Levinson 1978)。確かに、実際の言語使用では談話要因、社会言語学的要因などに応じて発話が方略的に行われるが、本稿で提案しているStCモデルには敢えてこれらの要因(変数)を加えず、JE、G、Lの変数だけに限定して単純化することを優先した。これにより、CS(言語に関与する方略)とそれを含むStC の関係が明確になり、これらの混同から生じたと考えられる理論的混乱に終止符が打てるからである。その上で、談話能力、社会言語学的能力、語用論的能力などの補完に使われる方略要因をStCの新たな変数として段階的に追加していけば、学習者に必要な方略的能力とその養成にどのように取り組めばよいかについてより明確にできるだろう。


4 結語
 以上、StC とCSの関係について述べてきた。筆者たちは本稿のStC単純モデルを次のように発展できるのではないかと考えている:

1)方略的能力は多要因が関与する複雑かつ抽象的な言語使用メカニズムであるが、本稿のように変数化を試みることで、この能力をより具体化できる。(例えば、方略的能力を関数化し、トポロジー的にStCを説明できるのではないか。)

2)StC単純モデルに談話、話者心理、背景知識などの変数要因を段階的に取り入れることで、母語話者と学習者の方略的能力の違い、目標言語の熟達度の高低による方略的能力の違いなどをより具体化でき、それにより、普遍的なStCと第二言語使用に特有なStCを明らかにできる。

3)2により、第二言語を教えるのに、方略的能力の養成と言語能力の養成とをどのように関連づければよいのか、より明確にすることができる。つまり、StC単純モデルにおける言語負荷量を軽減し、かつ方略的能力がさらに複雑な言語知識の補償や言語以外の部分に能動的に使えるよう指導するには何が必要か、我々の理解をさらに深めることができるだろう。

  本稿で述べてきたStC単純モデルにまったく問題がないわけではない。特にJE、G、Lで示している変数の数量化をどのように行えばよいのか、具体案を示す必要がある。この問題を解決し、さらに変数を段階的に増やすことで、より説明力のある方略研究に発展させられると期待している。 

 本研究は平成13年度広島市立大学特定研究費(研究コード1704)の助成を受けて行っている研究の一部である。


参 考 文 献

Bachman, L. F. 1990. Fundamental Considerations in Language Testing. Oxford: Oxford University Press.

Brown, P., & Levinson, S. 1978. Universals in Language Usage: Politeness Phenomena. In E. Goody (ed.), Questions and Politeness: Strategies in Social Interaction (pp. 56-289). New York: Cambridge University Press.

Canale, M., & Swain, M. 1980. Theoretical Bases of Communicative Approaches to Second Language Teaching and Testing. Applied Linguistics, 1, 1-47.

Dornyei, Z. 1995. On the Teachability of Communication Strategies. TESOL Quarterly, 29(1), 55-85.

Faerch, C., & Kasper, G. (eds.) 1983. Strategies in Interlanguage Communication. London: Longman.

Iwai, C. 1997. Cognitive Styles and Communication Strategies. NIDABA (Linguistic Society of West Japan), 26, 96-105.

Iwai, C. 1998. Strategic Competence and Communication Strategies. Hiroshima Journal of International Studies, 4, 159-172.

Iwai, C. 2000. Information Processing in Communication Strategies. Proceedings of the 12th World Congress of Applied Linguistics, CD-ROM.

岩井千秋 2000. 『第二言語使用におけるコミュニケーション方略』. 広島:渓水社.

Iwai, C. (投稿中) Strategic Use of Pragmalinguistic Competence: Methodological and Pedagogical Implications for EFL Instruction. Asian English Studies, 4.

Poulisse, N. 1990. The Use of Compensatory Strategies by Dutch Learners of English. Dordrent, Holland: Foris Publications.

Selinker, L 1972. Interlanguage. IRAL, 10(3), 209-231.

Tarone, E. 1977. Conscious Communication Strategies in Interlanguage: A Progress Report. In H. Brown, C. Yorio, & R. Crymes (eds.), On TESOL 77: Teaching and Learning English as a Second Language (pp. 194-203). Washington, D.C.: TESOL.

Tarone, E. 1983. Some Thoughts on the Notion of "Communication Strategies." In C. Faerch & G. Kasper (eds.): pp. 61-74.

Tarone, E., Cohen, A., & Dumas, G. 1983. A Close Look at Some Interlanguage Terminology: A Framework for Communication Strategies. In C. Faerch & G. Kasper (eds.): pp. 4-14.

Yule, G., & Tarone, E. 1997. Investigating Communication Strategies in L2 Reference: Pros and Cons. In G. Kasper & E. Kellerman (eds.), Communication Strategies: Psycholinguistic and Sociolinguistic Perspectives (pp. 17-30). Addison Wesley Longman.


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