コミュニケーション方略の指導効果に関する実証研究
An Empirical Study on Teaching Effects of Communication Strategies

岩井 千秋(広島市立大学)

1 はじめに
 本研究はコミュニケーション方略(CS)指導を行うために開発した教材(ENGEL: ENglish GEnerative Learning)を使って実施した集中CSトレーニングの結果について報告し、CS研究で議論されているその指導の是非を問うものである。
 CS研究は1970年後半に開始され、分類方法、発話のプロセスとプロダクトに関する基礎理論研究、そして、90年代からは言語教育への応用 (CS teachability)と進展してきた。この応用研究を巡っては、CSの基礎理論同様、CS指導を積極的に推奨する研究者(例 Yule & Tarone 1997)と、言語能力育成への貢献は期待できないという理由で真向から反対する研究者(例 Bialystok 1991)に大別される。しかし、いずれの主張も確たる実証的根拠によってなされたものではない。CS指導効果に関する実証研究はなくはないが、岩井 (2000)Iwai & Konishi (2003)Konishi & Tarone (2003) が指摘するように、CS teachabilityはミクロ的な言語知識や言語運用能力のレベルまで掘り下げて議論されるべきだと思われる。

2 CS teachability を扱った先行研究の問題点
 CSは、言語使用に見出される現象である。したがって、CS を指導するということは、言語使用に関わる要素を教室に持ち込む試みに他ならず、Kellerman (1991) が指摘するようにCS指導が単に学習内容をperform するに過ぎないのであれば、第二言語教育にそれを教授法として導入する意味合いは薄れてしまう。しかし、Yule & Tarone (1997) が主張する メperformance creates competence (p. 29) という考えが正しいのであれば、CS指導は単なる役者(方略使い)を育てる以上の意味合い、すなわち言語能力とその運用能力を同時に助長する、いわば一石二鳥の指導法として注目されることになるだろう。
しかし、CS teachablity を巡っては Iwai & Konishi (2003) が指摘するように、今だ未解決の問題が山積している。以下はそれらの中の主な問題点である:
1) CS
指導が発話の質的向上につながることは示されているが(例 Dnyei 1995)、具体的な言語知識や言語操作能力にどのように作用するかが明らかにされていない。
2) CS
指導を行う教材やシラバスが少なく、先行研究の多くは研究者がアドホック的に作成した教材を使って実証研究が行われている。
3) CS
の指導効果は、方略的能力の観点からのみ論じられるだけでは不十分である。Communicative language teachingTask-based language learningexplicit vs. implicit teachingfocus on form などの理論と関連づけて論じられるべきである。

3 実証研究
 これらの問題点を考慮し、本研究では母語話者から収集した言語データに基づいてCS指導教材を作成し、それを用いてCS指導を行った。実証研究の概要は以下の通りである:
1)
被験者: 大学生英語学習者75名。学習期間(1 vs. 2週間)、学習内容(次項参照)によって計5グループ、各15名にグループ分け(うち1グループは統制群)。
2)
学習教材ENGEL: 本研究用に開発したCS教材ENGELは、教授者要因を排除するためCALL教材とし、実際の学習はすべてコンピュータ上で実施。教材は2種類を準備。一方を Full version とし、こちらはCSの説明を明示的に行い、段階的に語彙や文法的ヒントを与えながら、言及対象物の名称を英語で言えない場合でも方略的に描写できるよう練習。もう一方は、Half versionとし、明示的な方略学習は行わず、主に文法練習を中心に学習するようにセッティングした。
3)
収集データ: Pre-testPost-testDelayed post test 2ヵ月後)を実施し、収集データをグループ間で比較。テスト内容は、1)絵の口頭描写テスト、2)関係代名詞のテスト、3)語彙テスト、4)文法テスト。
4)
データ分析: 発話データを、1)発話内容(意味伝達の効率性)、2)反応速度(発話処理時間)、3)発話のfluency, accuracy, complexity、4)方略的問題解決方法、5)使用語彙の種類、の5つの観点から分析。

4 主な結果
 収集データを分析した結果、主に次のことが明らかとなった:
1) Pre-test
Post-test のみを受けた統制群は、2回のテストで有意な変化はなく、実験群の得点変化はテスト慣れによるものだとは考えられない。
2) ENGEL Full version
2週間使用した学習者(グループ3)に学習効果が顕著に現れ、特に次の項目に効果が認められた:発話内容、反応速度、発話の complexity、使用総語彙数。
3)
これらの効果は、Post-testだけではなく、delayed post-test においても認められ、グループ3の被験者では他のグループ以上に効果が維持された。
4)
さらに、いくつかの比較項目においては、学習効果はENGELで学習した項目にとどまらず、学習されなかった項目にも転移している。
5)
他方、使用語彙の種類や方略的な問題解決方法については、比較グループ間に差はないように思われる。(現在分析中。)
 以上の結果は、CS指導には学習内容をperformする以上の効果があることを示しており、CS指導反対論者に反証する論拠となるとともに、第二言語習得の観点からCS指導を行うことの理論的妥当性を示していると考えられる。

主な参考文献
Bialystok, E. (1990). Communication strategies. Oxford: Basil Blackwell.
Kellerman, E. (1991). Compensatory strategies in second language research: A critique, a revision, and some (non-)implications for the classroom. In R. Phillipson et al. (Eds.), Foreign/second language pedagogy research: A Commemorative volume for Claus F
rch (pp. 142-161). Clevedon, England: Multilingual Matters.
Yule, G., and Tarone, E. (1997). Investigating communication strategies in L2 reference: Pros and cons. In G. Kasper & E. Kellerman (Eds.), Communiction strategies: Psycholinguistic and sociolinguistic perspectives (pp. 17-30). London: Longman.
(残りは、発表ハンドアウトで提示)

Back to Paper Index